一人キャッチボールは可能か

一人キャッチボールとは、自分で投げたボールを自分で受けるというものであ る。もちろん、投げるものはボールであるから、勝手に戻ってくるようなこと はない。投げたら真っ直ぐに飛んでいく。それを自分で受ける方法は2つ。1つ は走っていって自分の投げたボールの前に回り込むこと。また1つはボールに 自分のいる星を1周させてそれを振り向いて受け取ること。ここではもちろん、 後者の自分のいる星1周を意図している。

星が球形で、等方的な質量分布をしていると仮定してしまえば、必要とする理 論は高校物理で十分。少なくとも人間の反応速度で対応できる範囲を要求すれ ば、相対論が関わってくるほど重力も大きくなければ速度も大きくない。安心 して計算してよい。

ちなみに、ボールが星の表面ギリギリを飛んでいくという状況を仮定すれば、 ボールの速さはその星の第一宇宙速度ということになる。

計算したいもの

自分で投げたボールが星を1周して戻ってくるような星ということで、与える パラメータは、投げるボールの速さ(v)と何秒(T)で戻ってくる ことにするかをパラメータとして与えることにする。このときに必要となる星 の半径(R)、星の質量(M)、表面での重力加速度 (g0)などを考える。

半径

想定しているボールの運動は、星の重心を中心とする円運動である。投げるボー ルの速度と1周にかかる時間で円周の長さが決まってしまうので、難しい計算 は必要ない。また、ボールは星の表面を転がっていくわけではないので、ある 高さ(h)だけ離れたところを飛ぶことにする。ボールの円運動の半径を rとすればr = R + hである。rv, Tで表すと、

2πr = vT
r = (vT)/(2π)
R = r - h = (vT)/(2π) - h

となる。

質量

円運動の半径が決まれば、その円運動をさせるための向心力の大きさ、ひいて は星の質量が決定する。

円運動における向心力の大きさは、ボールの質量をmとすれば、 (mv2)/(r)で与えることができる。この向心力をすべて星 とボールの間に働く万有引力でまかなうとすることにより、必要な星の質量 (M)が求まる。以下では、万有引力定数をGと書く。

(mv2)/(r) = (GMm)/(r2)
M = (rv2)/(G)

前節で求めておいたrを代入すると

M = (Tv3)/(2πG)

となる。

重力加速度

円運動の軌道における重力加速度(g)も計算しておこう。この場合の重 力加速度は円運動の加速度にほかならないから、

g = (v2)/(r)
g = (2πv)/(T)

となる。ちなみに、星の表面での重力加速度(g0)は、

g0 = ((R+h)2)/(R2))・g

である。

平均密度

円運動軌道の内側の球形空間の密度(ρ)も計算しておこう。

この球形空間の体積は、(4πr3)/3で与えられるから、体積 (V)は、((vT)3)/(6π2)となる。よって、

ρ = M/V = (Tv3)/(2πG)・(6π2)/((vT)3)
ρ = (3π)/(GT2)

となり、Tのみに依存することがわかる。星の平均密度 (ρ0)は、

ρ0 = ((R+h)3)/(R3))・ρ

である。

キャッチボールとして成立するための星

実際の値を入れて考えることにする。

はじめに、ボールの速さの設定を考える。普通にキャッチボールをするという 状況で、成人男性が野球のボールを投げるとすれば、たいていの人であれば 70km/h くらいの速さの球は投げられるであろう。また、100km/h 以上の球を 投げようとすると、かなりの気合いが必要となるか場合によっては投げられな いのではないかと思われる。70km/h はおよそ 20m/s、100km/h はおよそ 30m/s に相当する。重力などのポテンシャル力による円運動では、安定した円 運動の軌道上の速さの√2倍の速さが、ポテンシャル力からの脱出速度になる。 実際、第一宇宙速度と第二宇宙速度の比は√2である。設定したボールの速さ に無理がなく、力加減を間違っても無限遠の彼方には飛んでいかないという設 定をするとすれば、ボールの速さは 20m/s が妥当そうであることに異議はな いであろう。v = 20(m/s) である。

次に、ボールが帰ってくるまでの時間を考える。投球動作が終わって、振り向 いて、ボールが飛んでくるのを見定めなければならない。ここでは、3秒程度 を見込んでみた。この程度の時間があれば、対応できると思うが、異議はある だろうか。T = 3(s) である。

さらに、ボールが星の表面からどのくらいの高さを飛ぶかである。成人男性の 肩の高さ位を想定すればよいだろう。少し低めに考えて、1.2m くらいとして みた。この値自体は実際の計算にはあまり関係ないので適当に設定すればよい。 というわけで、h = 1.2(m) である。

最後に計算には万有引力定数を設定する必要がある。計算の都合で、万有引力 定数そのものではなく、その逆数の値を設定する。 1/G = 1.5 × 1010((s2kg)/m3) としよう。値は理科年表(平成11年版)の値から有効数字2桁だけ拾ったもので ある。

この設定では、以下の値となった。

r = 9.5(m)
R = 8.3(m)
M = 5.7 × 1013(kg)
g = 4.2 × 101(m/s2)
g0 = 6.3 × 101(m/s2)
ρ = 1.6 × 1010(kg/m3)
ρ0 = 2.4 × 1010(kg/m3)

さて、この値を見ると、なかなか厳しいものを感じることになる。特に密度の 大きさが、白色矮星クラスの大きさを要求してくるところ。また、立っている 人間にとっても、肩の付近で 4G 以上、足下では 6G を超える重力。おそらく、 立っていることは不可能。しかも、足に 100kg の重りをぶら下げられたよう な苦痛を味わうということになりそうだ。体が割けそうな感じになるだろう。 この状態でボールを投げられる人はおそらくいない。

小惑星としてありそうな条件

普通のキャッチボールの条件設定をすると、大変なことになってしまうことが わかった。そこで、惑星としてありそうな条件設定を試みる。例えば、地球の 平均密度は、5×103 (kg/m3)あたりである。地球は岩 石が多い星なので、この程度であるが、全体が金属で出来ているような星なら、 1×104 (kg/m3)くらいの星も考えられなくはない。こ のあたりから、攻めてみることにする。

計算を簡単にするため、密度の計算は、星本体の密度(ρ0)ではな く、軌道の内側の球体の密度(ρ)で計算することにする。ρをこの値に設定す ると、T = 3.8 × 103 (s)となる。およそ1時間である。

ということで、改めてv = 20(m/s)、T = 3600(s) という設定 で、計算し直してみる。ボールを投げてから1時間も待つのは苦痛ではあるが、 我慢してもらおう。どうしても暇なら、ボールをたくさん準備してたくさん投 げておけばよい。投げた分だけボールを受ければよいだろう。2時間くらいの いい運動になるはずだ。

R = 1.1 × 104(m)
M = 6.9 × 1016(kg)
g0 = 3.5 × 10-2(m/s2)
ρ0 = 1.1 × 104(kg/m3)

rRgg0ρρ0の差は有効数字2桁では現れない。

この星の問題点は、表面重力の小ささである。3.5/1000G という環境では、ほ とんど無重力と同じである。ただ、密度から推定すると、金属鉄でできた星で あればこのくらいの密度になることが予想されるから、磁石の靴を履けばなん とかなるかも知れない。

結論

星の直径が 20km くらいで、全体が鉄で出来ているような小惑星が見つかれば、 一人キャッチボールが可能ということがわかった。また、平均密度がこれより 多少小さくても、待ち時間を長くしたり、ボールの速さをおさえたりすること で条件は満たせるので、体さえ固定できれば、なんとかなる。予想以上に簡単 な条件なので、太陽系中をくまなく探せば、条件を満たす星を見つけることも できるだろう。

さあ、いい小惑星を探して、夢の一人キャッチボールにトライだ!


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最終更新: Mon Jan 01 21:41:04 2001